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たかはしこうじのマーケティングスパイス

2019.09/vol.169

魅力は「ほどよい差」にあり

洋菓子店を営む店主と特注ケーキの拡販について対話した。店主は過去に受注した特注ケーキ写真を保管していたので、それらを店内掲示することにした。季節は夏だったが、普段は生菓子が動かないお盆前にデコレーションケーキの注文が入った。お客様は「これを描いて」と写真を持参したが、こうして見本を持参するお客様は多く、その度に、そっくり表現しなければというプレッシャーを感じていた店主。そこで、特注ケーキを効率的に製造するために、ある設備を導入した。ところが、ほとんど稼働していないという。それはなぜか?
先述のお盆のお客様がデコレーションケーキに描いてと持参したのは夜空に咲く花火の写真だった。店主はそれをもとにデザインを起こし試作もした。細部の色分けに苦心した甲斐がありお客様に大変喜ばれ「この前、とてもきれいだったから」と、敬老の日にも注文をいただいた。今度は生け花の写真だった。こちらも期待を裏切らぬよう丁寧に仕上げた。その後、特注ケーキの注文が毎月入るようになり、写真をそのままケーキにプリントできる設備を導入した。これで効率よく特注に応えられると注文を楽しみに待っていたが、導入後も店主の手描きを望む声が圧倒的に多く、先述の通り遊休設備になってしまった。
後日、店内のお客様を眺めていた店主は手描きが好まれる理由に気づいたという。一面に貼り出した特注ケーキ写真の前に立つお客様は、写真に顔を近づけては離すを繰返し、中には指を指して笑う方もいる。最も記憶に残ったのは「そっくり!」と感嘆するお客様の姿だったらしい。おそらく、お客様にとっての特注ケーキの魅力は、手描きと現物の「ほどよい差」なのだろう。差が大き過ぎると注文がこない。かと言って現物写真そのままでは味気ない。店主は先の「そっくり!」を「ほどよい差」の誉め言葉と解釈したのだ。
「菓子職人は許せる幅が狭い人間だ」これは先の店主の言葉。許せる幅が狭いとは、そっくり表現することに妥協しない心意気。ここで言う「幅」は、お客様が魅力を感じた「ほどよい差」にあたる。そんな彼が一所懸命に描いた似顔絵ケーキならモデルを知らない人が見ても思わず笑顔になるだろう。先の設備の稼働率は相変わらずだが、店主の機嫌がいいことは言うまでもない。
(2019年2月28日執筆)

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