2025.08/vol.239
先走ってはいけない
コンサルティングで辛酸をなめた時のことを思い出した。そのきっかけはカウンセリングのケーススタディ。気持ちの落ち込みが続き、派遣の仕事を休んでいた成人男性が相談者という事例。カウンセラーが何度か話を聴くうちに「バイトでも探そうかと思います」と、男性。前向きに思える言葉を聞いたカウンセラーは嬉しくなり、後日「こんな求人が出ていますよ」と彼に広告を見せたりしていたが、しばらくすると前よりも症状が悪くなってしまったという。
こうしたやり取りでは、男性に好転しそうな気配があっても、カウンセラーはすぐに両手をあげて喜んではいけない。男性は苦しい中で何とか気分を変えようと、バイト探しでも始めようかと口にしただけなのに、カウンセラーは「働く気になった、これでうまくいく」と前のめりになってしまう。やがて両者の心が離れ、男性は塞ぎこんでしまった。これはカウンセラー初心者が陥りやすいパターンだ。
続いてのケースは不登校の生徒のカウンセリングだった。年度末のカウンセリングで、相談者の女子生徒が「来年から部活だけ行こうかな」と口にした時「早速、顧問の先生に連絡しよう」と、カウンセラーが先走ってしまった。
確かに喜ばしいことだが、女子生徒がその期待を重荷に感じることもある。
案の定、数日後に「やっぱりムリかも」と、諦めてしまい、一気に心が離れてしまったという事例。
この場合、まだ「行こうかな」であって、「行かないかもしれない」気持ちが残っている。それなのに、「行く」と思い込んでしまった。登校を願うばかり、すぐに「顧問の先生に連絡しよう」と、言ってしまったのだろうが、共感的理解とはほど遠い。本来は、現状は悲観的に、将来は楽観的に捉えるのがカウンセリング。言葉を鵜呑みにして相手をおいて先走ってはいけないのだ。
実は、偉そうなことを言えない。コンサルタントとして独立してまもないころ、私は先走ってうまくいかなかったことが何度もあった。カウンセリングとコンサルティングの違いはあるが、今思えば恥ずかしいかぎり。その経験が「今、ここで」の感触や傾聴や共感を欠かさないコンサルティングを大切にするきっかけになったが、未だに苦い記憶だ。