2021.08/vol.191
ほんの少しでもましなこと②
前号では、100年以上続く和食店の経営者の解釈力を紹介した。今号も「起きることには意味がある」と解釈し、行動し、事態を好転させた菓子店を紹介しよう。
150年以上続くこの店にはベテラン職人がいた。突然、退職したいと告げられたのは2021年1月上旬。慰留もままならず引き継ぎもなく店を去ってしまったことに、店主は唖然としたという。現実に戻り、職人がほぼひとりで製造していた商品があることに気づく。きちんとしたレシピが残されておらず、製造を中止せざるを得なかった。商品が揃わなければ店を続けることはできない、なんとかしなければ。
覚悟を決めた店主は、家族全員で作業場に入り、レシピの復元に挑むことにした。幸い、後継者のひとり(妹)が製造の一部を担当していた。彼女を中心に毎日22時過ぎまで残業し、試行錯誤を繰り返した。時は流れ、約1年後、なんとか全商品を家族だけで製造できるようになった。
それからは、製造から販売を一貫して家族が行うようになり、やり取りが密になった。気づけば、職人が仕切っていた製造の慣習がリセットされ、欠品や余剰などのロスが低減、不振商品を削減、売り筋商品の磨き込み、新商品開発など、商品力を強化する好機が生まれた。
混沌としたコロナ禍で、製造の要である職人が突然退職。店は逆境に陥った。それにもめげず、危機を好機に変えることができたのはなぜか?おそらくそれは、店主家族が職人の退職を非難せず、責任は自店にあると受け止めたから。そして、この逆境には必ず意味があると引き受け、レシピ復元の糸口を探し、先延ばしせず、試行錯誤を続けたからだ。
家族の一人が製造の一部を担っていたことも幸いした。これは前回の和食店のところで「ほんの少しでもましなこと」に焦点を当てると好転の糸口がつかめることを書いたが、それに相当する。この菓子店も、苦しい中に少しでも良いこと(ましなこと)を見つけたわけで、この一筋の光によって家族で製造しよう!と覚悟が決まったに違いない。
起きることには意味がある。逆境を引き受ける。そして、苦しい中にも少しでも良いこと、ましなことに目を向け、覚悟を決めて動き出す。コロナマンネリ打破に通じる「ましなこと戦術」とも言うべき菓子店の姿は、コロナ禍に限らず、商いの危機のたびに思い出してほしいエピソードだ。
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