2021.01/vol.185
うちの店だからできること
4月上旬のことだった。東日本大震災から約6年を仮設店舗で営業し、一昨年ようやく本設をかまえた文具店から久しぶりに封書が届いた。中には、情報紙のバックナンバーと手紙が入っていた。便箋4枚に及ぶそれには、催事がうまくいったことや今後の抱負などが、勢いのある文字でつづられていた。3枚目には「久しぶりに商売のダイゴミを感じている今日この頃です」という一行。とても嬉しかった。本設での営業は仮設店舗の何倍も忙しいはず。それでもコツコツ継続してきたのが先の情報紙で、筆ペン、サインペン、ボールペン、クレヨンなどの文具を駆使し毎号店主が描きあげている。
例えば主力の文具を紹介するだけでなくミニチュア文具などの雑貨類も継続的に取り上げている。売り筋書籍はスタッフの書評を付け、音楽は独断のランキング形式で紹介。時には出版記念サイン会や文具を試すイベントを周知し、結果も必ず翌月号で発表している。これから力を入れるのは、レトロ文具から最新のクレパス柄の時計まで、店主の嗜好品を順々に披露していくコーナーだ。今では一目見て「あの店の情報紙だ」とわかるスタイルを確立しているが、ここまで来るには筆が進まない時もあったはず。それを乗り越えたのは、やはり文具(=商売)への熱い情熱があったからだろう。
私は仕事柄こうした紙面を沢山見るが、お客様が動くか否かは、先述の情熱次第だと感じている。不思議なもので、情熱は紙面を通じて必ず読み手に伝わる。この文具店のように、情熱が注がれた紙面と実際の売場の情熱に温度差がなければ、すんなり売れる。一方、教科書どおりに秀逸な情報紙を作っても情熱が伝わらない紙面では来店につながらない。仮に来店しても紙面と売場の雰囲気に違和感があれば買物が進まず、再来店もおぼつかないものだ。
便箋の最後は「やはり、うちの店だからできる事、ということを大事にしていきたい」と締めくくられていた。この「うちの店だからできること」だが、おそらく店主は個性的な品揃えや催事をイメージしたのだろう。しかし私は、この情報紙を倦まず弛まず描き続けることこそ情熱の源泉であり価値のある「うちの店だからできる事」だと感じた。そして今月も店主からの封書を楽しみに待っている。
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vol.
230傾聴が役に立たない時もある
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vol.
229初めてのおつかい
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vol.
228創業からの人