2019.03/vol.163
満を持して動く
夫婦で営むこの和菓子店はJRの終着駅の人口1万人に満たない街にある。人気商品は創業20年来の揚げ饅頭。他店が揚げ饅頭に参入した流行期は午前中に欠品する日も増え、餡の種類を増やしてという声も寄せられた。商売仲間からも増産すればもっと売れるのにと口々に言われたが、店主はあえて応じなかった。流行も落ち着いた翌年の初秋に「揚げ饅頭の新商品を出します」と、店主が試作品を持って現れた。実は揚げ饅頭が流行する前の年に新商品の試作を始め、餡も完成していたという。ではなぜ流行期に売出さずに今なのか?
この新商品は秋から初夏にかけて定番の小豆餡の揚げ饅頭の隣に陳列し、数量限定で販売した。知ってるお菓子が一番美味しい、知らないお菓子が一番食べたいとは言い得て妙。難なく並売が進んだ。ご年始や春の異動時期には菓子折りがよく売れた。職場内で配られたことで、初めて食べた方の来店も促した。こうして揚げ饅頭部門が活性化し単品売上は最盛期を優に超えたが、労働時間はむしろ短くなったという。
さて、気になるのは新商品を出したタイミングだ。先述の通り、商品は完成していたのだから流行に乗せた販売もできたはず。店主に理由をたずねると、今年は冷蔵庫などの設備の更新時期だったので、それに合わせてフライヤーを新調する計画を前々から考えていたという。つまり、設備が整うのを待ち、満を持して売り出したのだ。揚げ饅頭は油の鮮度が風味や後味に大きく影響する。それまでは一般のコンロを使い自前のろ過装置で対応。業者さんが「まだ使えますよ」というレベルでも揚げ油を交換していたという。無理をすれば流行時に種類を増やし増産もできたが、納得できるレベルで均質に量産できなければ出せないと考え、あえて増産もせず種類も1種類にとどめていたのだ。
店主にとって商いは人生そのもの。周囲からの助言はありがたいが、背中を押すのと、急かすのは違う。流行に乗るのと、流行に流されるのも違う。違和感があれば決して無理をせず、ご自身のフォームを崩さず満を持して行動することの大切さを再確認した出来事だった。
(平成30年1月27日執筆)
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