2020.08/vol.179
複業店主
昨年末、かつて洋菓子店を経営していた店主に会った。その場所は行きつけの菓子店のカウンター越し。つまり、そこで働いていたわけだ。包装中に近況を聞くと、①お菓子教室の経営②菓子の研究家③教壇などへの出講、そして④この菓子店の非常勤と、4つの顔を持っていた。彼女は、かけ持ちですよ…と謙遜したが、私には「複業」という言葉が浮かんだ。
主な仕事とは別に仕事を持つことを副業というが、彼女の場合はアクセルの踏み込み次第で、①~④どれも主力になりうる。また、コンサル先には「多角化」を愉しむ店主もいるが、これと複業の違いは「身軽さ」ではないか。人を雇うことなく、実に軽やかにスケジュールを埋めていく。コロナ禍の後にUターンやIターンが増える兆しがみられ、個人事業主への関心も高まっていると聞く。すると彼女のような複業が魅力的に映るかもしれない。この話を知人にしたところ「メインの仕事を決めないと不安定では?」と、心配された。確かに、あれもこれもだと力が分散するだけだが、環境変化に合わせてメインの顔を変えられえる「しなやかさ」は強みと言えるだろう。
ところで、環境への適応力は規模の大小で決まるだろうか?体力がありそうなのは大きい方だが、生物の場合、巨大なマンモスは環境変化に対応できずに滅亡し、小さな生物は生き残った歴史がある。複業の彼女は、もちろん小規模。コロナ禍で①を数カ月休業せざるを得なかったが、その間②~④でしっかり収入を得ていた。余談だが、さすがだなあ、と思ったのは、④の菓子店を選んだ目だ。この菓子店は、ネット上への露出が少なく、スマホ頼りの方はたどり着けない店かもしれない。商品は逸品揃いだが、慢心せず商品開発にも積極的。今春は特注品さえ途絶えたものの、店売りはほとんど変わらず、日によっては外で待つお客様が見られた。つまり、良客に恵まれた存在価値で負けない店を選んだわけだ(この菓子店の話は別の機会に)。
資産運用リスクを減らすために、ポートフォリオが大切といわれる。その仕事版が複数の仕事を持つ複業ともいえる。彼女の場合は、菓子店を閉じてから自然と複業に至ったようだが、創業者なら複業から始めて専業を探るのも一案。複業も副業も、個人に焦点をあてた点で共通しているが、こうした働き方の多様化は、今後ますます進みそうだ。
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