2023.02/vol.209
店主ならではの奥儀
オーダーメイド紳士服店の店主から世代交代の相談があった。3回ほど対話の後、紳士服店は長男が継ぎ、次男は不動産事業の代表に就いた。「継いでもらえるのは幸せなことですね」と、店主に伝えると「頼んだ覚えはないが」と微笑み、父親の顔になっていた。そして、「もう少し教育を受けさせたかった」とも。
ここでいう教育は学校教育ではなく商売の教育だ。ご子息は店主の背中を見て商いを学んできたが、店主は自分流ではなく外部の経営セミナーなどでも学ばせたかったらしい。それは、店主が行きたくても行けなかった想いをしていた。しかし日々の商いや街の行事に息子たちを拘束してしまい、結局は自分と同じ想いをさせたことを後悔していたのだ。それを聞いた私は「自分流で良かったと思いますよ」と、伝えた。私は、セミナーに頼り過ぎて後継者育成が思うように進まなかった別の店主を思い出していた。その店は衣料品とギフトを扱い他人従業員も3人雇っていた。店主はセミナーを自ら探し、頻繁にご子息を出張させていた。ところが、当人に言わせると「セミナーで教わった通りにやってもうまくいかない、思ったより難しい」とのこと。こうした感想は珍しくない。セミナー講師は現役の経営者から講師専業の方まで様々。いずれも苦心してようやく得られた奥儀を伝授してくれる。ところが、こうした奥儀を聞くと素直な人ほど「簡単にできる」と錯覚する。いざ実践しても、ものにできない場合が多い。
昨年末の早朝にラジヲを聞いていると、野球解説者が落合博満氏にフォークボールの打ち方を尋ねた時のエピソードを紹介していた。落合氏の応えは「落ちてからじゃ打てない、落ちる前に打てばいい」と、シンプルなものだったと言う。素直な野球少年がこれを聞けば「わかった!」と、打席に立つだろう。しかし、落ちる前に振っても当たらず、ものにすることの難しさに気づくことになる。これはセミナー講師と受講生の関係と同じではないか。
教育熱心な店主がご子息や従業員にセミナーを受講させることは悪いことではない。しかし、店主自身が教育係(=育師)として、自らの言葉と面構えで「自分流=店主ならではの奥儀」を日々伝えることに勝るものはないだろう。労力を惜しまず、人が育つのを支え続けることは、骨の折れる仕事だが、筋金入りの後継者を育てるならこちらがオススメだ。
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230傾聴が役に立たない時もある
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229初めてのおつかい
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228創業からの人